「家に帰らないといけないの」
「そろそろ帰ります」
認知症の利用者さんの「帰りたい」。否定しない、説得しない、気持ちに寄り添う。対応の基本は、研修でも本でも教わります。たぶん、多くの人が知っていることです。
でも、分かっていても、実際にやるのはむずかしい。
同じことを何度も言われて、ほかの仕事は止まって、気づけば笑顔で返す余裕もなくなっている。そんな日はありませんか。
この記事では、寄り添えるときの声かけの流れと、それ以上に大事だと思っている「寄り添えない日」のやり方をまとめました。
結論:寄り添えない日があっていい。そのときのやり方を持っておく
| すること | |
|---|---|
| 寄り添えるとき | 話を聞いて、聞いて、聞いて、気持ちがゆるんだところで次の行動に誘う |
| 寄り添えないとき | とにかく前準備。だめなら交代して、結果を記録してチームに共有する。一人で乗り切ろうとしない |
寄り添えない日があるのは、あなたが冷たいからではありません。まずは「今日の自分はどっちか」を切り分けるところから始めます。
基本:正しい説明より、気持ちが伝わるか
認知症の方も、感情で動いています。むしろ、気持ちにブレーキがかかりにくいぶん、感情が先に立ちやすいのだと思います。
だから、感情的になっているときに正しいことを言っても、届きません。
反対に、寄り添おうとしている気持ちが伝わると、こちらの言葉が自然と入っていくようになります。
寄り添えるときの流れ(ある日の場面)
亡くなったご主人のために「家に帰って、ご飯を作らないといけない」と、何度も言われていたおばあちゃんがいました。
1. 最初は触れずに、話を聞く
「どうして帰りたいの?」
「家に帰って、ご飯を作らないかんのよ」
2. 相手のペースで問いかける
「そっか、そっか。旦那さんは何時に帰ってくるの?」
「さあ……いつだったかねえ」
ご本人もはっきりとは分かっていない様子です。それでも、否定はしません。
「何時に帰ってくるか分からないなら、なおさら急いで作らないとね。いつもは何を食べてるの?」
「あるもので作るよ」
「そうか。じゃあ、何があるか見に行かないとね」
3. 口調がやわらいだら、少し近づく
話しているうちに、口調が少し変わってきました。そこではじめて肩にそっと触れて、「そっか、わかった」と返しました。
少しずつ、心のこりをほぐしていくイメージです。
4. 表情がゆるんだら、切り替える
表情がふっとゆるんだところで、「じゃあ、ご飯にしましょうか」と誘いました。
ご飯を作りに帰りたい方に、「ご飯にしましょう」と声をかけています。相手の話の流れに乗った誘い方なので、無理に話を変えた感じになりにくいのだと思います。
名前を呼ぶ、体に触れるといった小さな工夫は、心地よいと感じる人もいれば、そうでない人もいます。このおばあちゃんは、少し触れられるとうれしいと感じてくれる方でした。その人に通じる小技かどうかを、まず知っておくことが大事です。
でも、これを毎回やるのはしんどい
ここまで書いておいてなんですが、これをやるときは、こちらがとても疲れます。
同じことを何度も何度も言われます。うまく返したつもりでも、感情が高ぶっている方には届かないこともあります。
そして、こちらも人間です。相手が認知症の方だと分かっていても、気持ちが入ってしまいます。
お世辞の一言も出てこない。そんな気持ちのまま働いている人は、けっこう多いと思います。
それなのに「寄り添いましょう」とだけ言われても、苦しくなるだけです。
だから、寄り添える人・寄り添える日は、上の流れでいい。寄り添えない人・寄り添えない日は、別のやり方を使う。 そう切り分けてしまっていいと思っています。
寄り添えない日のやり方:一人で乗り切ろうとしない
寄り添うのが苦手な人に、いちばん大事なのは前準備です。そして、帰宅願望は一人で乗り切ろうとしないことです。
ひとつだけ、大前提があります。「帰りたい」から逃げないことです。
聞こえないふりをしたり、そのままにしたりすると、その方はどんどん不安になっていきます。そうなると、帰りたい気持ちはいつまでも消えません。
これは「一人で全部受け止めなさい」という意味ではありません。自分がつらいときは、交代してもらえばいい。誰かが向き合い続けていれば、それは逃げたことになりません。一人では逃げてもいい。チームとしては逃げない。 そう考えています。
1. とにかく前準備をしておく
生活してきた歴史、ご家族から聞いた話、「こう言ったら落ち着いた」という記録。これがあると、その場で一から考えなくてすみます。
気持ちを込めるのがむずかしい人ほど、準備がそのまま助けになります。
2. うん、うん、と聞くことに徹する
気の利いた返しを考えなくていい。相づちを打ちながら、ただ聞きます。気持ちを込められない日は、込めなくてもかまいません。
3. はじめてのことは一度試して、だめなら交代する
準備していなかったことが起きたら、まずは何か一つ試してみます。それでうまくいかなければ、ほかの職員に交代してもらいます。人が替わると、すっと落ち着く方もいます。交代を頼むのは、逃げではありません。
4. 記録して、チームに共有する
「帰りたい」と言われて、自分がこう言った。その結果、こうなった。細かいことでも、書いてはいけないわけではありません。そのつど記録を重ねていきます。前と同じ内容の記録になっても、それでかまいません。
ただし、新しく試したことは、みんなに共有するために必ず記録します。 うまくいかなかったことも含めてです。それが次の誰かの前準備になります。
試す、結果を見る、共有する、また試す。ケアプランの流れと同じです。
入れ替わり立ち替わり、手を替え品を替え。それをくり返していくしかありません。だからこそ、一人でやり切ろうとしなくていいのです。
書いている人のひと言
話を戻すようですが、本当にいちばん効くのは、やっぱりその方に寄り添って、気持ちをやわらかくして、前向きな気持ちになってもらうことです。
そして、それができたときの喜び。利用者さんの不安をほどくことができた、という気持ち。これが、介護の仕事を続けていくための、いちばん大事なやりがいだと思っています。
さっきまで「帰りたい」と顔をこわばらせていた利用者さんが、自分の対応ひとつでニコニコしている。その顔を見ると、この仕事を続けたいなと思います。
だから、できないときは逃げてもいい。でも、チームで情報を共有して、「どんな言葉がいいかな」「あれはどうかな、これはどうかな」をくり返していくうちに、いつか自分にもできるようになってくると思うんです。
そこまでは少し大変です。それでも、ゆくゆくは寄り添うことにトライしてみる気持ちを持っていてほしい。挑戦して失敗したら、それもひとつの経験です。そして、できたときは、みんなで目いっぱい喜んでください。
そのとき、あなたは介護士として、ほかの人がなかなかできないことをやってのけたんです。そのことを、ぜひ実感してほしいと思っています。
今日できる小さな一歩
「帰りたい」とよく言われる方を一人思い浮かべて、「こう言ったら落ち着いた」ことを1つだけ、チームに伝えてみてください。
その一つが、しんどい日の誰かの前準備になります。
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※気持ちのつらさが続くとき、眠れない・食べられないなどの不調があるときは、ひとりで抱えず、医療機関や、こころの相談窓口(厚生労働省「まもろうよ こころ」など)に相談してください。職場でのハラスメントや、働き方のトラブルは、総合労働相談コーナー(各都道府県の労働局)で相談できます。

